「 つぶやき日記 」一覧

川沿いのソメイヨシノ

昨日の朝、ちょっと家を早く出て石神井川沿いの桜の写真を撮ってみました。一分咲きといった雰囲気ですが、もうすぐ開きそうなつぼみで、枝と枝の間の空間はすっかり桃色です。

末娘が生まれるに当たって、この川沿いの近所に引っ越したのが16年前。当時、遊歩道の整備中で、ほどなく桜の苗木が植えられました。細い苗だったのが今やこんなに大きくなって立派な桜並木になりました。

今の家に引っ越して5年ですが、相変わらず通勤のたびに通りかかるので、この地から離れた気がしません。

お花の写真も。

それにしても、川沿いの桜はどうしてみんな水面の方に下がって伸びていくのでしょうね。不思議。


卒業式雑感(中学の不思議・最終回)

17日は末娘の中学卒業式だった。今どきの卒業式はすごい。何がすごいって「起立」「礼」の声かけがなくても、生徒全員が決められたタイミングで一斉にザッと立ち上がり、ザッと着席する。一糸乱れぬその動き、そして、一斉に立ち上がる音、一斉に着席する音がなんだか恐ろしく、鳥肌が立ってしまった。

上娘の時から、いや、自分自身が中学生のときからだ。日本の学校は軍隊式だよなーと思ってはいたけれど、私たちの頃はもちろん、上娘のころだってその軍隊式に反発してなのかどうかわからないけれど、行動を共にしない子供、先生の言うことにしたがわない子供がいたものだ。それに、立つとき座るときはそれぞれ、司会の先生が、3年生起立とか、在校生着席!などと必ず声をかけていたように記憶している。

いつから声かけしないでそうした行動をさせるようになったのか。たとえば「送る言葉」を述べる2年生4人が舞台に上がって行く、その先頭の生徒が3段目に足を掛けたら3年生は立ち上がる、とか決めて、起立やら着席やらさせるようになったんだ?
送る言葉の先頭の生徒は、舞台への階段3段目に足をかけるとき、一瞬後ろを気にするように足を止めた。その生徒は、3年生が立ち上がる合図を送る重責(?)を担っていたのだ。

何かに似ている。

そう。北朝鮮のマスゲーム(全体主義)だ! 

公立中学校小学校で行われる行事、式典におけるマスゲーム化現象は、この16年で加速し、完成しつつある。(まだ完成はしていない。完成した暁には、件の送る言葉2年生先頭生徒は、階段の途中で足を止めるようなことはなくなり、ごく自然に3段目に足を掛けたとたんに、3年生は一糸乱れぬ動きで立ち上がるようになるのだ。(恐))

生徒ひとり一人が、お腹の中でどう思っているかは別として、目立つ行動はしないようにしないように、いつも「みんな同じ」であるように振る舞うことが不文律のようになっている。中学校の先生たちはなぜこれほどまでに、生徒たちに一糸乱れぬ動きを求めるのだろうか。

中学校の不思議の中身が、だんだん末恐ろしい内容になってきたところで、我が家は公立義務教育とはお別れする。

清々するような、しかし、これから例えば孫が生まれたとして、孫はどんな教育を受けるようになるのか、心配なような、恐いような。そんな気持ちを抱きつつ、卒業式雑感として書き留めておく。


久しぶりの着物

プチお茶事形式のお稽古、着物は東レシルックの江戸小紋(毎度おなじみお茶会仕様の着物)に、母の和箪笥から発掘されたしゃれ袋帯を締める。

帯の柄合わせは難しい。もうちょっと柄全体が上に行くはずだったのになぁ。


お彼岸前後

秋分の日、朝からほぼ一人でお片付けして、午後、北海道から義母を迎えた。

義父が亡くなり、義姉も亡くなった後、静岡で一人暮らしをしていた義母だったが、東京の我が家の近くで高齢者住宅か老人ホームに入るというつもりで家を売りに出して数年。先日やっと家が売れて、いざ東京の老人ホームに予約を入れたまでは良かったが、なんだかんだ言ってひと月25万円はかかることに急に不安を覚えた義母さま。
結局東京はあきらめて、家人の職場近くの高齢者住宅(食事などのサービス付き)に入居することになった。

なにしろ、入居金はゼロだし、家賃と食費等実費で20万円行かないのだ。これなら年金の範囲内で生活できるし、家を売ったお金は手つかずで残しておける。私としては、家を売ったお金を頭金にして我が家の近所の老人ホームに入ってくれれば、気軽に家にも来てもらえるし、こちらからも訪問できていいだろうと考えていたが、そんなわけで、家人と同じ飛行機でないと行けない距離になってしまったのだった。

義父と義姉のお墓は静岡に残っているので、お彼岸お中日の昨日、家人が付き添って義母が上京。夕食を一緒に食べ、私が作ったおはぎも食べて、うちに一泊。今朝早く家を出て静岡に向かった。もちろん家人が付き添い。おはぎも持参。

今日お墓参りを済ませて、また東京に戻り羽田から飛行機で家に帰るのだ。現地の空港にはたぶん高齢者住宅のスタッフが迎えに来てくれているはず。

今はまだ頭もしっかりしているし、足が少し悪くて歩くのがとてもゆっくりだけれど、車いすというわけでもない。
しかし、今後なにかあったときどうするのか。家人の定年後どうするのか。
諸々の問題を先送りにしている。


19歳の初選挙

昨日は、選挙権が18歳に引き下げられて最初の選挙。街にポスターが張り出された頃に、中娘が、誰かのポスターに“核武装実現”って書いてあってビックリした!そんな人がいるなんて!!とものすごく驚いていた。
世の中にはいろんな主張の人がいるんだよね。

だれに投票するか、どの党に投票するか、すごく考えて、でも知識が足りないから、ポスターや選挙公報を見て分からない言葉があると、○○ってなあに?と誰彼構わずに聞いてきたり。
なので、私は毎日新聞のえらぼーとを教えてあげたりした。
しかし、えらぼーとの質問に出てくる種々の言葉がまた分からないのだ。またしても、新聞を調べたり、インターネットで調べたり、人に聞いたりする中娘さん。
そんなことをしているうちに、徐々に考えがまとまってきたようだった。

そして迎えた投票日。私は出勤だったので、一緒に行くことはできなかったが、中娘は一人で投票所に行ったらしい。(上娘は期日前投票を済ませており、息子は昼間はオープンキャンパスに出かけていたのでそれぞれ単独で行ったようだ。)

夕食を済ませ夜8時を回った頃から、インターネットのNHK選挙速報をずーっと付けっぱなしにして、自分が投票した候補が当選するかどうか、そして、東京以外の選挙区についてもずいぶんと熱心に見ているので驚いてしまった。
そして、投票前はえらぼーとの言ってること良く分かんなかったけど、投票した後は少しは調べて勉強したからもう一回やってみたら、○○と▽▽に近い、という結果が出て、なんか合ってたー、と報告してくれた。

今朝の私のメール。上娘、中娘へ、
○○さん競り勝って良かったね。中娘ちゃんは初投票、行った甲斐がありましたね。これからは、投票した人がどういう仕事をしていくか、あるいは、自分が投票したくない奴ら人たちがどういう動きをしていくのか、しっかり監視をする義務を負いました。
がんばろう、私も。

上娘の返信
中娘さんへ
自民党の憲法草案ってどんな内容? 何が消えて、何が加わるのか一目でわかる
https://www.buzzfeed.com/kotahatachi/kaiken-jimin-souan?utm_term=.fxLj0Wx3p

中娘の返信
初めてにしては色々調べたり聞いたり考えたりして、割と良い選択・投票が出来たように思います。○○さんの当選があって初めて言えることだけども(何だか恩人みたいな気持ちさえ芽生えてきた)。
これからはお母さんの言うように自分の義務も考えながら、政治的なことにも関心を向けて、大事なことをちゃんと見極められる賢い国民でありたいものです。


パキシルやめようかな、の続きの続き

離脱症状について記録しようと思っていたけれど、後頭部がぐらぐらっとする感覚が薄れてきて、そろそろ離脱OK?と楽観していたのだが、今日午前中、昨日のサーバー騒ぎの余波対応と、メーカーへの苦情処理という新規の仕事、ウェブサーバーの入れ替えによるメールの不調、インターネット環境の悪化などなど、限界超えるかしら、とちょっと心配になったとたん、緊張の糸が切れてしまった。
まずいと思って、今朝はパキシル持参して会社に来たのは、ほとんど本能的に危険を察知していたんだろうな。
ヘルスカウンセラー部長のアドバイスもあったので、薬、10mg、飲みました。

すごい敗北感を感じると同時に、今度の診察日には、まじめに減薬の相談しようと思いました。


パキシルやめようかな、の続き

パキシルやめようかなと昨日の日記に書いた。今日会社のヘルスカウンセラー(部長)に相談したところ、予想に反して、5ミリでいいから週に2回くらい薬を入れながら一方でしっかり栄養(ここで、具体的に自社製品の品名が上がる)を摂るようにアドバイスされてしまった。

もう本当に薬が嫌になっちゃったんです、と訴えたら、そういう激しい判断みたいなのも、ある種副作用みたいなもので、パニック発作の逆みたいなもの。だからそこで判断しない方がいい、と言われてなんだか納得した。

家人からは「タイミング的には私が東京に長くいる時に、医者の協力の下にやった方がいいと思います。」と言われるし。

パキシルやめる!と息巻いてる私に諸手を挙げて賛成する人は誰も居ないようだ。

とはいえ、何日断薬状態がもつのかちょっと試してみたい気もする。(懲りない奴)