「 おけいこ日記 」一覧

2010年 お稽古納め

昨日のお茶のお稽古で、やっと貴人点てのお濃茶を行うことができた。しかし!3週にわたって次は貴人点てと思って予習し続けていたのに、実際やってみると間違えてばかり。
でも、S先生も間違えていたみたい(汗)。
教本によると、お茶はすくい出しのみで回し出しはしない、とあるが、先生は、貴人さんの分しかはいっていないので、すくい出しのあと、全部回し出しで出し切って、と仰った。さて、本当はどちらが正しい?
教本によると、拝見に出すとき(貴人点てのみ)茶杓は仕覆の上に載せて出す、とあるが、先生は普通に、茶杓を出して、その横に仕覆、と仰った。さて、本当はどちらが正しい?
午後の自習のときに、先輩弟子のYさんがこの点について別の代稽古の先生T先生に質問していたが、二点ともT先生は教本どおりの内容で答えられた。代稽古先生によって違うことを教えるのってちょっと困る(汗)。でもたぶん、公に出ている教本の方が正しいだろうというのが、Yさんの結論。なので、次回(来年だけど)は、もう一度S先生に確かめてみよう、ということになった。
さて、昨日は今年のお稽古納めの日だった。お昼の時間に、次から次へとケーキやチョコレートや袋に七福神のイラストがついたおかきなどなどが出てきて驚いた。お稽古納めだから特別なのだそうだ。
で、あとでちゃんとお金を徴収されたので、そういうことだったんだと納得。
本来私たち一人一人が今年一年の感謝の気持ちを込めて何か贈り物をすべきところ、先輩方がまとめて先に用意してくださっていたというわけだ。
さらに朝礼は無かったものの、終礼があった。
最近はお片付けのときに、C班の先輩弟子のYさん、Sさんが帰られても、私だけ残ってA班の方たちのそばで水屋仕事の勉強をさせていただいている。先に帰ってしまうとどうしても水屋仕事全体が見えないんだもの。昨日も同じように一人残り、お釜をいくつも上げて(このお稽古場はお釜の数だけでも7つくらいあるのだ)働いていたら、今日は終礼しますよ、と言われ、参加させていただたのだった。これもお稽古納めの日だからなんだろう。みなで先生の前に並んで座って、先生からのお言葉を聞き、来年もよろしくお願いします、と御挨拶。4月からこのお稽古場に通い始めてあっという間に年末を迎えてしまった。たった9ヶ月なのに、なんだかとても感慨深かった。来年も粛々と進んでいければいいなと心から願って。
☆備忘録&疑問点など
他のお弟子さんがn先生指導の元、貴人清次のお稽古するのを見学させていただいた。
通常、貴人清次のお客さんは、貴人ひとりにお供3人くらいがちょうど良い人数なのだそうだ。貴人清次はお次のお客様が結構難しいのよ、とn先生。
貴人役は先輩弟子のSさん、私はお供の方のお客様役を仰せつかった。お供1とお供3の役を一人二役。
貴人にお茶が出されたら、お供1は取り次ぐ。貴人が飲み終わったら、お茶碗の拝見をお願いする。お供3(お供末客)は拝見がおわったら縁外に貴人茶碗を預かっておく。
お次のお濃茶が出されたら、お供1は取り込み、縁内左におき、お先に、のあと、お茶を頂く。全員飲み終わったあと、貴人から拝見の声がかかったら、お供3は次茶碗を貴人の元へ運ぶ。(もしかしてお供1?)
亭主がお釜に水を一勺入れる音がしたら、お供3は貴人茶碗を亭主に戻す。(もしかしてお供1?)
次茶碗の拝見がおわったら、お供3とお供1は出会いで返す。
1と3の二役をしたつもりが、結局どちらが1でどちらが3の役なのか混乱している。もう一度機会を見つけて確認しなくちゃ。
貴人清次のお手前は、午後の自習の時、B班リーダーからA班に昇格されたKさんのお手前を見学させていただいた。A班のSさんが教本と首っ引きでKさんと二人でお稽古していたので、私はここでもお供の役をちょっとだけさせていただいたのだった。
A班の方でも貴人清次は難しいと仰るので、ちょっと安心(?)。
お次用にKさんが点てられたお抹茶はとてもおいしかった。午後の自習の時間だからお湯だってだんだんぬるくなっているのに、なぜこんなにおいしく点てられるのか。美しい所作を拝見するだけでも勉強になるが、実際にこれほどおいしいお茶をいただくと、所作の一々を超えて、何がもっとも大事なのかを思い出させられる。稽古であっても、いざお茶を点てるとなれば、おいしく点てることに一心を込めて点てていらっしゃったに違いない。前回は、四方捌き一つ取っても心がこもっていたことに感動したが、今日はお茶のおいしさに、またまた感動してしまったのだ。
今日の着物は、仙臺屋で買ったポリエステルの超安着物@1年以上放置。買った当時は静電気があまりにひどいので買ったは良いけれど全然着る気が起きなかった物だ。先輩から静電気防止のスプレーを使うと聞いて、出かける前に一吹き、さらにスプレー持参でお稽古場へ。さほど気にならずに着用できた。安いしポリだし、お稽古場で労働しても全く気にならずに出来るのが良い。ミシン縫いで中国産だけれど、こうして外から見る分には着物には違いないのでまあいいかな。
{img:101218kimono.jpg}


12月2週のお稽古:茶碗荘り・茶入れ荘り、千歳盆点前

今日は花月のお稽古なしで、茶碗荘り(お濃茶)、2月の初茶会に向けて千歳盆点前のお稽古。
炉の点前に少し慣れてきて、中蓋を忘れないようになったり、中仕舞いも忘れなくなった。が、もっとも基本的なことを確認することになった。
建水を置く位置。炉縁の延長線がちょうど建水の真ん中にくるように置く。
私は炉縁の線から出ないように置いていた。いつもの参考書「新独習シリーズ裏千家茶の湯」をもう一度開くと、確かに書いてある。
「左手で建水を進めて、炉縁の線に半分かかるくらい、壁よりの畳五つ目のあたりにおきつけ・・・(後略)」
2階で一度茶碗荘りのお稽古をしたあと、1階に降りて千歳盆稽古の順番を待っていたら、Aルームから大先生がいらして「あなた、ここ空いているからお稽古なさい。今日やったお点前でもなんでもいいのよ!」
お陰さまでひさしぶりに、A’ルームでお茶碗荘りの稽古をn先生に見ていただくことができた。
そこでもいくつか基本的なことを確認することになった。
私は、仕覆の紐を引いて緒を引き出すときに、結び目を人差し指と親指で持ったら中指薬指をのばして胴にあてて引いていた。そう教える先生もいらっしゃることは承知しているけれど、胴に指をあてず引くの、とn先生。私はいつからこのようにしていたんだろう。杉並の先生にそう教わったのか、あるいは自分が勝手にそのような変なクセをつけてしまったのか。記憶が定かでない。
やはり同じ参考書を見ると、「右手で袋の打留のつがりを押さえ(打留を引きやすいようにしっかりと押さえる)左人差し指と親指で打留を持ち、静かに緒を引き出す。」とあった。写真も載っていて、確かに今日n先生がおっしゃったとおりになっていた。
一方「手は自由自在」ということも指摘された。たとえば茶杓を拭いた後、茶入れの上に置くとき「帛紗を握り混んでいる左手を少し引いてごらんなさい。ほら、移動がスムーズになるでしょ、手は自由自在。」と。
ほんの少しのことなのだけれど、なぜ今まで気付かなかったのか。左をほんの少し引くだけで、右手と左手が交差して見えるようなかっこわるいことは避けられる。目から鱗。
茶碗荘りの場合、お客様にお茶を出すときは客付きに回る。古帛紗を取り出し定位置にまず広げる。お茶碗は下で回して手を添えて古帛紗の上へ出すと、左右と一膝下がって両手をついて控えている。が、お客様がお茶碗を取り込んだら、右左と一膝戻って手は膝のうえ。ちなみに貴人点てのときは、一膝下がってずっと控えている。茶碗荘り以外の荘りもののときは、居前からお茶碗を出して、中仕舞いしてから客付きに回る。のだと思う。
大先生は、この人は行台子まで持ってるんだから、nさん、ちゃんとお稽古させなくちゃだめよ!とおっしゃっていた。私の許状のことをちゃんと覚えていてくださったのだと思うとちょっと嬉しかった。
千歳盆点前のお稽古では先週とちょっと変更(?)があり、お仕舞いの手続きの中で、お茶碗を納めて茶杓も拭いて、お盆の上に棗だけの状態になったら、棗をお盆中央に置き直す、という一手間が入った。
午後は自習。先輩弟子のYさんと一緒にお稽古。Yさんは午前中茶入れ荘りをお稽古したので、今度は茶碗荘りを、私は茶碗荘りをお稽古したので、今度は茶入れ荘りの稽古をすることにして、お互い記憶を頼りに確認しあいながら自習した。


日常生活に生かす

昨日の朝礼で、大先生が人の心を受け止めることの大切さを説かれていた。六波羅蜜の精進と忍辱に通じる話としてだった。たとえば何かいやなことを言われたとしても、その意味を考えて受け止める、これも精進であり、忍辱であると。何かの行動の裏にある相手の心を受け止め、意味を考えることが大切。しっかり受け止めてそれを返していくこと。そうしていれば、その人(周りの人だったり、道を説いてくれる人(指導者)だったり)に好かれるようになる。好かれるようになりなさい、と大先生はおっしゃる。自分はもうこの先何年も無いと思っているから、最後まで精進していって、死ぬときには良い人生だったありがとうと言えるようにしたいともおっしゃっていた。私も大先生に好かれるようになりたい。
朝のお話に関連して。お昼の時間に、AグループリーダーのUさんが、精進も忍辱も自己卑下につながってはいけないと思うとおっしゃった。精進も忍辱も大事。だけど、私の頑張り方はまだ足りないんだわ、になっちゃいけない。出来る範囲で出来ることをしっかりとやり続けることが大事なんじゃないか、と。
うーむ。これも深い。
そしたら、Bグループのリーダー格のKさんが、そういうのが日常に生かされれば理想ですよねぇ。私が習ってた華道の先生がおっしゃるには「自分はお茶の人は大嫌いだ。お茶室の中では相手を褒めたり良いことばっかり言ってるけどお茶室の外に一歩出たら人の悪口ばっかり言うから。」こうなってはいけない。お茶室の外に出て日常に戻っても、精進と忍辱を忘れずにいられたらねぇと、一同ため息。
私もお茶のお稽古場から一歩外に出ると、精進と忍辱をすっかり忘れて家の中もぐちゃぐちゃだ。怒りにまかせて子供たちを怒鳴りつけることもある。仕事場では志ってなんだっけーなどとうそぶいていたりする。
永平寺のお坊さんたちの修行をテレビで見たことがある。雪隠の掃除も食事の支度も落ち葉はきも、生活すべてが修行。これを私のような庶民に敷衍して考えれば、日常生活を丁寧に送ることも、子供をしっかり育てることも、会社で仕事をすることも、全部修行になる。これが日常につながるということなのか。
もう少しゆっくり考えてみる。ていうか、考えるより実行、か。


12月1週:4畳半花月、千歳盆点前、茶入れ荘

いつものように4畳半平花月からスタート。やっぱり足の運びがまだまだ。客座に入るときは左から。客座から立つときは左、通い畳、踏み込み畳に入るときは左だけど、点前畳に入るときは右??うーむ。来週もう一回リベンジだ。
年の初めに初茶会というのが行われるそうで、来年は2月27日開催。(いつもは1月なんだそうだが)私の名前が薄茶席の点前欄のところに入っていてお点前することが決定していた(^_^;)。立礼席で千歳盆点前。今日は平花月後、順番に1階におりて千歳盆のお稽古をしてまた2階に戻ってお点前の稽古、という変則的な稽古となった。
千歳盆というのは、盆略点前の変形版(?)という感じ。大きなお櫃みたいな入れ物。蓋を開けると中にお点前に必要な物が入っていて、蓋はひっくり返すとそのままお盆になって、その上で盆略点前をするのだ。盆略点前と違うのは、専用の古帛紗が入っていてお茶碗の下に敷くこと。お仕舞いのときに、お茶碗、お薄器などを元のお櫃(違)の中に戻し、最後に蓋をすること。ほかに何かあったかな。しばらくこの稽古が続くので次週また確認しましょう。
先月の最後のお稽古時に、次回は貴人点てか貴人清次をするといいですねとS先生に言われていたのでひたすら貴人点、貴人清次の予習をしていったのだが、N先生から、貴人点ては来週以降、今日は荘りもので濃茶をするようにと指示が出たので、茶入れ荘りのお稽古を行った。
茶入れを清める前に、古帛紗を取り出して茶入れが置かれる位置に広げておく。
拝見に出すときも古帛紗の上に載せたまま。持つときは古帛紗ごと持つ。大切に大切に。
後は通常の炉のお濃茶点前の基本が分かっていればできると思う・・・。
午後はお昼を早めに済ませて自習。炉の濃茶平点前をして、中仕舞いなど復習する。実は茶入れ荘りのお稽古のとき中仕舞いをすっかり忘れてしまったのだ。S先生も気付かず、お茶を点てる段になって、あらま!となってしまって。。。午後の自習で復習したけれど、来週までにもう一度教本を見て炉のお点前の復習をせねば。


腰が据わる

お茶のお稽古を再開して一番がっかりしたことといえば、建水の上に柄杓を載せて持ち出すとき、柄杓を落とすようになってしまったことだった。
若い頃は柄杓を落としたことがないのが自慢だったのに。。。
そういえば、会社などで、お盆の上にコーヒーカップを載せて運ぶとき、いつからか、いやにカップがソーサーの上でかたかたと揺れるようになっていた。これもすごくいやだった。
そして、4月から本格的にお茶のお稽古を再開したら。
まず、コーヒーカップがかたかた言わなくなった!
大先生のお稽古場では柄杓を落っことすくらいなら、最初から柄杓を指で挟んで落ちないようにして運んだ方が良い、と指導されている。これは以前習っていた先生のところでは御法度だった。先週土曜日のお稽古のとき、無意識に建水を運び出し、座って建水を置こうとしたときに、指で柄杓を挟んではいなかったことに気づいた。つまり。ちゃんと正しく持って柄杓を落とさず昔のように運ぶことが出来たのだ!
これはもしかしたら、腰が据わってきた(安定してきた)ってことなのかなー。
何でも訓練なんだなと思った瞬間。
次は「肝」が据わるよう、精進しましょう(ウソ)(笑)


忍辱、精進・・・

今日のお茶のお稽古場では久しぶりに「朝礼」があった。Aルームに土曜クラスのメンバー全員があつまり、道歌、ことばの唱和のあと、大先生のお話を聞く。今日は「六波羅蜜」について。「6つちゃんと言える?nさん、言ってご覧なさい。」といきなりn先生に質問を振る大先生。n先生は、禅定、持戒、布施、智恵の4つしか言えなかったら、次はAグループのリーダーUさんが当たり、Uさんはあとの二つ、精進と忍辱と答えた。大先生は、最近はこの6つのなかで、忍辱と精進が一番大事と思うようになったとおっしゃられた。特に忍辱。つらいことも堪え忍んで、そして精進すれば、悟りを開ける、と。
8月の花月研究会前後から、2階のお部屋が私のお稽古場に固定されつつあり、なんとか1階でお稽古できないだろうか、とか、大好きなK先生にお稽古見てもらいたいのに、とか、いろんな煩悩が頭をもたげてきていた。炉開きを経て、k先生が倒れられ、S先生が2階の新しい担当になられた。そんな変化の中で、いろいろ自分なりに考えたことは、修行と思って与えられた2階でのお稽古をしっかりやった方が、結局の所自分の心のためにも良いのではないか。それから、2階の朝の準備は、一人で全部やるのは大変だけど、これを1年は続けよう、そうすれば何か見えてくるかもしれない、ということだった。
これって、つまり忍辱?精進?
なんだか私の頭の中を大先生に見透かされてしまったような今朝のお話だった。


11月3週のお稽古:4畳半花月、更好棚で濃茶、薄茶の茶碗荘り

まず4畳半花月。
足の運びのところで、やっぱりこんがらかってしまう。
行く方の足で立つのが基本。私は亭主役なので、最初の支度をして建水を持ち出して点前座手前(踏み込み畳?)で座る。右で立って仮座に入るときは右から。
折据を回して、初花が立ったら、仮座の私は、空いた席に移動する。このとき、右で立って右足で線を越えて行き、客の席には左で入る(?)
もし私が花を引いてしまったら、点前座に移動しなければいけない。右で立って右で客席を出て、畳の線を右で越えていくが、踏み込み畳に入るときは左で入り、点前座に入るときは右から入る(?)
来月もう一度全部メモしてこよう(@@)
炉の季節に入ったので、基本的なところからもう一度やりなおし。今日は花月のすぐ後だったので、更好棚をそのままにしておいてもらって、お棚で濃茶平点前。中蓋のことなど少し勘が戻ってきた。。。かな。
建水の位置がまだ一定しない。袂が気になってしまう。
今日は先輩弟子のYさんがお休みだった分、2回お点前をする機会をいただけた。2度目は、茶碗荘りの薄茶。水指を運び出した後、平茶碗に茶巾、茶筅、茶杓を仕組んで運び出し、水指正面に置く。まず茶杓を荘り、茶筅を取り出して茶碗の横に置いたら、茶巾を水指の蓋の上に置く。そしてその上に茶巾から出ないように茶筅を載せる。茶碗に帛紗を入れその上に棗を載せる。茶碗荘りでなかったとしても、茶碗にものが入っているので手を添えて水指の前に荘る。ここまでが準備。
帛紗の入れ方は、取りやすいようにやや手前を長くいれる。私は茶碗の真ん中に沈むようにいれていたのだが、そうではなかった。
建水に蓋置をいれて柄杓を載せ、お点前スタート。茶碗荘りなので、つねに手を添えて茶碗を扱う。
お茶を点てたら、お茶碗を掌に載せ、客付きに回る。お茶碗荘りなので古帛紗を添える。古帛紗の出し方は、懐から輪をはさむように下から持って取り出し、いったん左掌にのせ右手を逆手にして持ち直したら、親指の方を伏せるようにして定座に出し、親指を二つ折りの生地の間にいれて、亭主から見て右開きに古帛紗を開く。古帛紗の支度が出来たら、お茶碗をもう一度手に取り正面を正して、手を添えて古帛紗の上に載せる。濃茶のときは、茶碗を回すときは下で回す。
お客の立場になった場合、古帛紗と茶碗は絶対離さない。最後にお茶碗を返すときは、お茶碗がのった古帛紗ごと回して正面を正して返す。茶碗の由緒を尋ねる。
午後は久しぶりに自習が行われた。Bルームで、A班の先輩KさんとSさんのお点前(濃茶の茶碗荘り)を拝見させていただいた。お二人とも一つ一つの動きがとても丁寧。たとえば、四方捌きの一回一回も心を込めて行っている様子が感じられて感動した。それに比べると私の四方捌きなんて、ただ形だけまねているだけで恥ずかしくなってしまった。
次からは私も一つ一つの動きに気持ちをこめて行おう。
時間切れで私自身はお点前は出来なかったけれど、十分勉強ができて本当によかった。
お片付けも少し新しいことをやらせてもらえた。お釜の始末。お点前を見せてくださったA班のSさんがとても親切にしてくださり、いろいろと教えてくださる。また、午後など、(大先生の)目に入る場所になるべくいれば必ずそのうちお声がかかるから、とも励ましていただいた。(ここのところずっと2階に詰めているからなぁ)
来月も午後の自習でBルームに入れるといいな。