炉開き後、初稽古は、大先生の指示で、濃茶平点前と平花月。炉のお点前は本を読んで予習していったはずなのに、ボロボロ。2階チームで最初にお点前したから余計にorz。
今日から2階の担当はk先生からS先生に変わった。k先生は先週倒れられ、療養中。もし復帰されてももう指導には当たらせない、との大先生のご判断だそうだ。
S先生から今日指摘されたことは
炉の時の柄杓を持つ位置。節の2センチくらい下を。これは実際に炉縁に柄杓を置いてみれば分かることだけれど(2階は本格的な茶室ではないので、置き炉で、よくわからない)炉縁に指が当たらない位置なのよ、とのこと。
お茶入れを回し拭きするとき、帛紗で肩を隠してしまわない。お茶入れは斜めにしない。
お濃茶の練り方。もう少し丁寧に時間をかけて。
平花月は今までは広間で行う花月だったけれど、これからは4畳半になりますと言われる。4畳半だと、移動が少なくなる分楽かと思ったら、足の運び方が広間と異なるようで混乱する。席に戻るとき左で入るとか、お点前座に入るときは右から入るとか・・・。4畳半花月の参考書、あったかな。
今日の着物は、更紗の着物。帯は赤い文様が描かれた塩瀬。赤い帯もなかなかいいなと思った。
{img:101113kimono.jpg}
「 おけいこ日記 」一覧
炉開き
本来なら先週の土曜日に参加するところだったが、社員旅行のため欠席、本日、月曜クラス木曜クラス向けの炉開きに参加させてもらった。
時間に到着すると、まずはお茶室(小間)にとおされてお汁粉をいただく。水屋の係を務める、おそらく木曜か月曜クラスのA班の方と思われる方が運んでくださる。蓋付きの小さなお椀に、黒文字を載せて一つ一つ正面を改めて置いていく。私なら載っている黒文字を落としてしまいそうなところだが、さすがA班の方。美しい所作で全員のお椀を置き終わり静かに退室。正客席の方がごいっしょに、と声かけされると、懐紙を取り出し前に置く。黒文字をそこに仮置きし、お椀の蓋をあける。と、中には小さなお餅の入ったお汁粉。みなさんの動きに合わせてお汁粉をすすり、黒文字でお餅をいただいた。初めてのことでとにかくきょろきょろしてしまう。茶室にはお軸もかかっていて今回も和歌のようだったが、ちゃんと拝見する余裕も無かった。
お汁粉が済むと、広間に進む。広間と6畳間のしきりが取り払われ、とても広い部屋になっている。すでに広間の方に10人ほどのお弟子さんたちが座っている。私たちはとなりの6畳間に座る。
大先生が入ってこられ、まずは利休さんに呈茶。
半東のn先生が利休さんの前にお供えし、全員で御挨拶、合掌。
そして大先生のお濃茶のお点前が始まった。
初めて拝見する大先生のお点前は、基本に完璧に忠実で、かつ、大変に美しいお点前であった!
一服めを点てられ、お茶碗が定位置に出されると、n先生がお茶碗を取りに出られ、正客に出すのかと思いきや、正面を改めて、今お茶を点てたばかりの大先生にお出しするのだ。「お流れを頂戴いたします」と御挨拶されて。
大先生がお自服されたお濃茶が、代稽古の先生方に回っていく。n先生がお抹茶が定量入っている別のお茶碗を運んでこられ、大先生の前に出すと、大先生が取り込み、もう一服お濃茶を練る。こうして3服ほど練られただろうか。残念ながら、末席に近い私のところは大先生が練られたお濃茶ではなく、点て出しのお濃茶だったけれど、全員がお濃茶を頂きおわると、大先生のお話になる。
まずお床の説明から。楽事萬々歳(らくじばんばんざい)というお軸。これからの大先生の心意気、生き方の方向性を表しているのだそうだ。香合は寅、お花はなんだったのだろう。真っ赤に紅葉した小さい葉っぱと白い小さなお花。正客のお茶碗の説明もあった。萩焼きとおっしゃっていたけれど、後で拝見すると、萩とは思えない柿色の年季の入ったお茶碗だ。向かい側のお軸には、延寿軒とある。おそらく前宗匠のお筆だったと思う。大先生のご主人が建ててくださったこの建物全体の名前だそうだ。庵ではなく軒。複数の広間と小間を擁する建物だからだ。
その後、A班でお稽古している人たちは、広間へ、その他の人たちは広間につづく6畳間に集まる。これから全員で、「回し点て」を行うのだ。一人がお薄茶を点てると一人がそれをいただく。お茶を頂いた人はお茶碗を返したら、そのまま立って点前座にすすみ次のひとにお薄茶を点てるのだ。
n先生が指導してくださる中、十数名の回し点てが終了した。私ももちろんお稽古させていただいた。が、緊張して、お茶筅の置く位置を間違えるわ、お茶椀の拭き方を間違えるわ、ミス連発。n先生は、「緊張するし、この間まで風炉だったんですものね、できることもできなくなっちゃうわよね」と優しくフォローしてくださったが、情けないやら恥ずかしいやら。
その後、食事になる。お赤飯と焼き御握り二つと大きなかき揚げとお新香。これらを紙皿に盛りつけして、全員に行き渡らせる。そして全員で頂いて、会はお開きとなった。
大先生が今日話したことを全部覚えて自分でも調べて勉強するのよ!と仰っていたけれど、せっかく伺ったお道具の話はほとんど頭の中から抜け去ってしまった。ああ。
炉開きは、お茶の世界のお正月で、今日から今年のお稽古が始まるのだそうだ。気持ちを引き締めて、1年間しっかり修行しようと思ったことだった。
秋の懇親茶会
大先生の社中に入ってから2回目のお茶会。今回は広間の薄茶席(長板一つ置き)のお点前と、広間のお菓子のお運びと、点て出しのお茶碗お運びもちょっとだけさせていただいた。
広間のお道具は今日初めて見て初めて触るものばかり。細い水指は、青磁とおっしゃっていたけれど、青磁とは思えない深いグレーのような青。お茶碗は張り子の犬がたくさん描かれているかわいらしい赤いお茶碗。お茶杓も赤い塗りのもので、もみじの赤を思わせる。薄器は先生の手になる金輪寺。縄を編んだような器に漆がかけてあり、塗り蓋は別注で作らせたとか。ほっそりした姿で、手に取るとなんとも言えない優しい感触があり、触れていると心が落ち着いてきて、後半の点前を順調に進めることができた。
お道具の力を感じた一瞬。
掛け軸やお花は、「名残」にふさわしい意匠のものばかり。
お茶会のこの風景は、写真を撮ることもできず、自分の目に焼き付けるしかない。お道具の説明も伺ったけれど、難しくて全部は記憶しきれない。これも今後もっと勉強していけば、記憶できるようになるのだろうか。
*****
席主を務めたり、濃茶席の点前をなさるA班の先輩方は色無地一つ紋。茶箱席のB班の先輩方は小紋でちょっとくだけた感じ。広間は訪問着や付下げでちょっと華やかに、ということで、今日のお着物は、紺色の付下げ。髪はシニヨンにしてみた。ちょっと帯が不格好(__;)
{img:101031kimono.jpg}
お茶入れその後
この日の後日談。
Y先輩が次回のお稽古のときはちょっと早く来てそっと代わりの茶入れを置いておくわ、と仰ったので、すっかりそのようにされるのだと思って、ずっと気をもんでいたのだが、実際は異なっていた。
k先生は、代わりのお茶入れを買って入れておけばいいとは仰ったが、手紙を一本書いておいて、とも仰っていたのだ。
それで、Yさんが謝罪のお手紙をすぐに大先生に書き送ったところ、その数日後、大先生直々にYさん宅にお電話が入り、手紙で反省する気持ちは十分に伝わった、形ある物は壊れ、土に還っていく、だからもう気にしなくて良い。お茶入れはたくさんあるし、代わりの物を買う必要も無い。次のお稽古の時にお詫びだとかいってお菓子など持って来なくて良い、だからこれで終わりにしましょう、と言っていただいたのだそうだ。
形ある物は壊れ土に還っていく。
だから壊して良いというのではなく、物は、壊れて土に還り消えてしまうことがある、ということをいつも心に留めて、大切に扱わなければいけない、と改めて心に誓った次第。
おまけといってはなんだけれど、これ以降、2階で使うお道具は2階に置きっぱなしにすることになった。もう階段を上り下りして道具の持ち運びはせず、薄器も茶入れも茶碗も2階に置いておく。代わりにお茶の入った缶を持ち運びして2階でお抹茶を茶器に入れることになった。
下にしかない道具を使うお点前の稽古は2階では行わないことだ。
もう一つおまけといってはなんだけれど、前回、人として・・・、と仰ったB班の先輩は、私に会うなり、このあいだ自分は本当に余計なことを言った。あのあととても反省した。どうか許して欲しいと、謝られた。
私だってYさん、k先生のご両人について、とんでもない誤解をしてしまったのだから、私の方こそお二人に謝らなければいけないくらいなのだ。
目の前で起こるものごとにも、見えない部分、聞こえない部分が常にあるのだから、そのとき自分の目に入り耳に入った情報だけで判断してはいけない。ということで、私自身も先輩同様反省したのだった。
ま、しかし、あのとき、次回のお稽古日に早めにきて、そっとお茶入れを入れておくわ、なんて言わず、大先生にお手紙を書くと一言伝えておいてくれていれば、私たちも余計な誤解をせずに済んだのになー。とちょっとだけ思ったけどね(笑)
10月2回目のお稽古–会のお稽古
昨日の記録。
今回も長板一つ置きのお稽古。
今度のお茶会は広間が長板一つ置き(薄茶席)、6畳間が茶箱の月点前(薄茶席),小間が大板か長板の二つおきかな?濃茶席という構成。もちろん。広間がC班、6畳間がB班、小間がA班の担当だ。
昨日のお稽古は「会のお稽古」といって、お茶会で点前をする人全員がそれぞれ本番に向けて稽古を行った。いつものCルームはB班の方たちが月点前、BルームをC班がお借りして、長板一つ置きの稽古、Aルームは濃茶の稽古。会の稽古を済ませたA班の方たちが、A’ルームと茶室(いわば特別室)で行台子の稽古をしていたようだ。
私はN先生指導の元、長板一つ置きの薄茶点前を2回、お菓子のお運びを2回、お稽古させてもらった。薄茶器が、金輪寺に決まったそうで、今日は2回とも金輪寺でお稽古した。
棗との違いは、横から取ることと、二引き、甲拭きなし、というところと、蓋を右膝前ではなく、中央、つまりお茶碗と膝の間に置くところ。ここさえ間違わなければ、一回手順が少ないのだから楽なぐらいよね、とN先生。長板一つ置き自体も、最初から水指、茶碗、薄器とも荘ってあるので(定位置に置いてある)建水の持ち運びだけでこれまた大変楽なのだ。(だからお稽古も午前中4人が2度ずつ行えたほど)
来月の炉開きに備えてお片付けが入るとのことで昼食後早々にお開き。今回も午後の稽古は無かった。
月末のお茶会は9時過ぎに大先生のお宅に集合、それぞれ順番にお点前したり、お茶席に入ったり、点心をいただいたりするとのこと。参加者は92名だから今回は少ないのよ、と先生方は仰っていたが、92名なんて私には十分大人数だと思うのですが。
人として
社中の恥をさらすような話なのだが、もの言わぬは腹ふくるる思いに耐えかねて書いてしまう。
私は先に長板とタオルを持って階段を下りていた。上の方で物が落ちる音と同時にYさんの悲鳴が聞こえたので急いで長板を置いて戻ってみたら、階段の上から4段目くらいのところに茶入れが落ちていて抹茶が散らばっていた。Yさんの姿は無く、茶入れは仕覆のなかで、割れていた。
顔から血の気が引くのがわかった。
この場にいたくない!
これがそのときの正直な気持ちだった。
何も触らずにすぐに下におり、Aグループ所属の先輩に茶入れが割れてしまったことを伝える。でも先輩達が何かしようとする前に、Yさんはいつも2階で稽古をみてくださっているk先生に相談すると言って、割れた茶入れと抹茶だらけの仕覆をもって行ってしまった。
こうなると、みんな急によそよそしい態度になって、Yさんとk先生のそばに寄りつかない。私もその一人だ。なるべく関わり合いになりたくない、というのが正直な気持ちだった。
大先生に言う必要はない。代わりの物を買ってそっと入れておけばそれでいい。
これがk先生がYさんと相談して決めたことだった。
年長のk先生の判断に異議を唱えることなどだれもできない。
心情的半径1キロメートルくらい遠巻きに見ている先輩弟子の皆さん方全員からの、それでいいの?そんなことですまされることじゃないでしょう?大先生にちゃんとお詫びしなくていいの?という心の声を振り切って、Yさんは帰ってしまった。
帰りのバスでBグループ所属の先輩と一緒になった。もちろん話題は今日のその事件のことになる。
同じC班2階お稽古チームに属する仲間として、また、一緒に階段を下りてお道具を運んでいた人間として、何か言うべきだったのだろうか。でも、k先生の判断だし、Yさんは先輩だし、新参者の私は何も言えませんでした、と言うと、その先輩、「でも、人としてなら何か言えたのでは?」と仰った。
そうかもしれない。人として考えるなら、大切なお道具を壊してしまったことを隠すなんて許されることではないだろう。怒られるのを覚悟の上で、大先生に申し出てお詫びし、弁償する場合には、どのお店でどのような品物を求めればいいのか、きちんと指示を仰ぐべきだったのに違いない。
でも、毎回階段を使ってお道具を運ばなければいけないような場所でお稽古する私たちの、誰に起こってもおかしくない出来事だったからこそ、余計に怖くて私は何も言えなかったのだ。
その先輩は次回のお稽古でそれとなくYさんに声を掛けてみると仰った。
でも、もしかしたら、k先生はYさんをかばってYさんから直接大先生に言うのをやめさせて、ご自分が大先生に申し出られているかもしれない。
そう思いたい。きっとそうに違いない。
10月1回目のお稽古ーー長板一つ置き
4月以来、お稽古日に雨が降ったのは今日が初めてではないだろうか。お稽古場に着くと、鍵を開ける係の人が遅かったらしく、先輩弟子のみなさんがまさに玄関を入ろうとするところだった。私もいつもよりバスが遅かったのだが、ちょっとほっとした。
いつも通り拭き掃除をし、お道具を運び、2階のお稽古場の準備を行う。
今日は10月初日だったからか、朝礼があった。大先生自ら、Bグループ、Cグループをそれぞれ集めて今日のお稽古手順を指示される。私は花月研究会以降、なぜかCグループ2階お稽古チーム(4名)の一員となっている。大先生は、「あなたたち4人にそのうち一人足すから(来年の花月研究会に向けて)このチーム固定でお稽古しなさい。」そして、先輩弟子のYさんに向かって、「それまでは、あなたが一番先輩なんだから亭主とお濃茶両方やるのよ。あなたならできるわ。」と指示。(私は亭主をはずれた。もともとYさんの方が先輩なのだから順当な人事(?)だ。)「今日は花月やらなくていいのよ。2階で長板のお稽古がおわったら下に来てここ(1階)でお稽古しなさい!」
ということで、4人で2階に移動してお茶会で行う長板一つ置きのお稽古。
当日は、水指、茶碗、棗は最初から荘られているが、2階でのお稽古は運びで行った。水指は勝手付き、長板の前に斜め(自分の方に向けて)に置く。立ち上がるときは、すでに勝手付きを向いているのでつい建水回りをしてしまいそうになるが、k先生に確認したところ、建水回りではなく普通通り、お正客におしりを向けないよう回る。
2階でのお稽古を終えるとすぐ下に降りて、Bグループの部屋(6畳間)で、N先生にご指導いただく。
まずは、お菓子のお運びの稽古。回り茶道口なので、お客様から見えないように配慮しつつ、準備をする。
茶道口に座り、お菓子器を膝前に置く。改めてお菓子器を持って立ち上がる。回り茶道口なので、一歩目はまっすぐはいって、二歩目で斜めに向かい、三歩目でかぎ畳を超える。当日は8畳間なので、斜めに部屋を突っ切るようにまっすぐお正客の前に進む。お正客の正面に座る。お正客との距離を考えて近すぎず遠すぎない位置に。これは人によって体の大きさが異なるので、自分で見当をつけて座らないといけない。今日は私は少しお客様に近すぎてしまって、もうすこし後ろの方がいいとN先生に指摘された。
座ったら一回自分の膝前にお菓子器を置いてから、改めてお客様の前に進める。左、右と一膝下がってお辞儀。「お菓子をどうぞ。」一膝よけて立ち上がる。必ずお正客の正面をよけて立つこと。
水屋に下がったら、亭主の肩を軽く叩くとそれを合図に亭主はすぐ茶道口に進む。水屋の声が茶室に聞こえるのは美しくないので、軽く肩を叩いて準備が整ったことを亭主に知らせるのだ。亭主が出てくるまで変に間があくのはいけないということだ。スムースに進めること。
お菓子を下げに行くときも、末客の位置を確認して正しい足運びで進むこと。
お点前については、N先生はとても細かく指導してくださるので大変有り難かった。
今まで正しいと思っていたことで間違っていたことがあった。
お水をくむ際、柄杓を持ち変えるときに、左手も節より上にいかないように。私はいままで節か、どうかすると節よりも少し上(合側)を持っていた。そのほうが右手に持ち替えるとき楽だから。これはいけなかった。(参考書を見ると、「節を持つ」とあった。)
お茶碗の水を建水に空けるとき、高台内の半分までしか指を入れてはいけないと注意された。今までは、お茶碗が落ちないようにと思って高台全体を左手の4本指でおおうようにして、謂わば“がっしり”と持っていたのだが、それをやっていいのは貴人茶碗など(高台部分が無い茶碗?)のときだけ、とのこと。
その後、Aルームの大先生からN先生のところでお稽古おわった人をこっちに回して!とお声がかかり、なんと、夢のAルームでお稽古と相成った。
まずお菓子のお運び。それがおわったらいよいよ私のお点前の番!wkwkdkdk。
茶道口の手前で建水を用意して控えているとお菓子のお運びの人が戻ってきて肩を。。。ぽんしてくれなかったーー。が、Aグループ所属の先輩がすぐに出て!と声を掛けてくださったので、茶道口にすすみ建水をいつもの位置より後ろに下げて(お客様から見えないように)置き、真のお辞儀。
立ち上がって「回り茶道口」の入り方で点前座に進む。柄杓をとって構え、蓋置を大板(Bルームで長板を使ってしまっているので、Aルームでは大板を長板のつもりでお稽古)の上、お釜の左に置いて柄杓を引く。建水を上げて居ずまいをただす。一呼吸おいて、お茶碗を三手でとり、棗を膝前に置く。帛紗をさばいて棗を清め、茶碗があった位置あたりに置く。帛紗をさばく手が少し震えている。帛紗を捌き直し、茶杓を清め、棗の上に置く。茶筅を取って、棗の横に置き合わせ、茶碗を手前に引く。
このあたりで大先生が立ちあがり「Nさん(N先生のこと)、ちゃんと見てるのよ!」とおっしゃってなぜか外に出て行ってしまわれた!お、大先生、行かないでーーー。えーーーん(涙)
N先生も見ているし、ほかのお弟子さんや、Aルームの先輩方もいらっしゃるので、大先生の行方が大変気になるものの、冷静を装って(笑)お点前を続ける。
お茶も立ち、お仕舞い茶碗を半東さんが持ってきてくれる頃、大先生が戻られた。お仕舞い茶碗をすぐに取り込んでよいものやら、ちょっと躊躇していると、お客がお茶をもう飲み始めているし、すぐに取り込んでよいと教えていただき、安心して取り込む。
最後の湯返しの段で、大先生が一瞬「湯返しなし」と言いかけて、すぐに「ああ、大板じゃなくて長板ですものね。湯返しありよ。」と訂正された。大板との違いは、水指の蓋が三手になることと、湯返しをすることの二つらしい。勉強になった。
こうして初めてのAルームでのお稽古がおわった。
今日は3回もお点前にお稽古をさせていただいて、充実した午前だった。