「 つぶやき日記 」一覧

ハッシュドビーフ

いつものハインツのドミグラスソース缶に、フォションのデミグラスソースも足して作ってみた。いつも行くスーパーで目について買ってみたのだ。
缶詰2個では多いので、この缶詰1個+レトルト1袋はちょうど良い分量だった。
とはいえ、今日は(も)上娘が風邪でお休み。子供たちと私の4人の食卓。
ちょっとさみしい。
ほかにレタスサラダ。スープは、今日は帰りが遅かったので、力尽きて作れず。


カウンセリングルームに行ってきた

先週、思いあまって息子が通う高校のカウンセリングルームに連絡を入れた。なにしろ状態が悪かったので、このまま不登校になってしまうのでは、と案じたからだった。
カウンセリングルームは校舎とは独立した建物の2階にあった。殺風景といえば殺風景なお部屋に、シンプルなテーブルと、そのテーブルをはさんで4人が座れる小振りなソファが置いてある。
カウンセラーの先生は、スクールカウンセラー歴12年、その前に精神科の臨床心理士12年とおっしゃっていたから、年齢的には私とほぼ同世代かな。
一通り話を聞いた(1時間以上も私がしゃべってしまった)その先生の結論は、息子は友達もいるし、学校がものすごくいやというわけでもない。確かに思春期特有の不安定感に持病が加わって、他のお子さんよりは負荷がかかっているかもしれない。しかし、そうだとしても、特に精神的に問題があるとは思われない。
ということだった。
私はきっと、それが聞きたくて、会社を休んでまでカウンセリングルームに行ったのだ。沢山の子供を見てきた人にそう言ってもらえて、ほっとした。
このほかにも、将来について考えることから逃げているような気がする、という話をしたとき、実際のところ、本当になにも考えていないのか、考えてるんだけど結論が出ないのか、実は考えがあるけど言わないだけなのか、そのあたりはどうなんでしょうね、と聞かれて、答えられなかった。考えることから逃げているというのは、あくまでも私の想像にしか過ぎないことに気付かされる。
もう一つは、彼は自己評価が低いように感じられるので、あなたは大丈夫だ、というメッセージを常に送り続けてあげることが大事かもしれませんね、ということ。自分はこれで大丈夫だ、と思えるようにならないと、自分の将来のことまで考えることはできないでしょう、と。とりあえず今の自分はこれでいいんだと思えたところで、はじめて落ち着いて将来かんがえられるのではないでしょうか、とカウンセラーの先生は仰る。
さらに、進路指導やコース選択など、学校のシステムはシステムとして決めなければいけないことは(適当に)決めていけばいい、でも、今、本当に将来のことを決める必要は無い。ということ。学校からは、将来をもっと考えさせるよう親も指導してくれということを言われ続けていたから、ちょっと学校に洗脳されかかっていたのだと反省した。


豚しゃぶ

白菜や大根、ほうれん草を入れて豚しゃぶ。お好みで、ごまだれ、ポン酢(伊勢醤油既製品)、レモンと醤油と出汁で。〆はおもちとうどん。
豚しゃぶはなぜかご飯がすすむ。中娘は3杯もお代わりしていた。よく食べるお年頃(にしても食べ過ぎか)。



ドガ展

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横浜美術館にて。
末娘の希望により、横浜まで遠出。ドガの絵をどこで見かけたんだろう。踊り子の絵が見たいと。
しかし実際に見てみて、一番気に入った絵は、ドガの母方の親戚が経営する綿花取引所の絵だった。
1枚100円の絵はがきを買って帰って来た。
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ミートローフ

牛ひき肉を買ってきてもらって、ミートローフを作成。ミートローフ到着までのあいだにカボチャポタージュを作成。
今日のミートローフは、細く切った人参、サヤインゲンとうずらの卵を埋め込んだ。切り口が綺麗になるように。
写真は、久々、末娘の顔シリーズ。
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メゾンカイザーというパン屋さんのフランスパン2種買ってきてもらったら、塩味がけっこう効いていて、ライ麦もはいっているかな?という感じの酸味があってなかなかおいしかった。


人として

社中の恥をさらすような話なのだが、もの言わぬは腹ふくるる思いに耐えかねて書いてしまう。

* * * * * * * * * *
昨日、片付けをしているときに、Cグループ先輩弟子のYさんが茶入れを落として割ってしまうということがあった。
私は先に長板とタオルを持って階段を下りていた。上の方で物が落ちる音と同時にYさんの悲鳴が聞こえたので急いで長板を置いて戻ってみたら、階段の上から4段目くらいのところに茶入れが落ちていて抹茶が散らばっていた。Yさんの姿は無く、茶入れは仕覆のなかで、割れていた。
顔から血の気が引くのがわかった。
この場にいたくない!
これがそのときの正直な気持ちだった。
何も触らずにすぐに下におり、Aグループ所属の先輩に茶入れが割れてしまったことを伝える。でも先輩達が何かしようとする前に、Yさんはいつも2階で稽古をみてくださっているk先生に相談すると言って、割れた茶入れと抹茶だらけの仕覆をもって行ってしまった。
こうなると、みんな急によそよそしい態度になって、Yさんとk先生のそばに寄りつかない。私もその一人だ。なるべく関わり合いになりたくない、というのが正直な気持ちだった。

大先生に言う必要はない。代わりの物を買ってそっと入れておけばそれでいい。
これがk先生がYさんと相談して決めたことだった。
年長のk先生の判断に異議を唱えることなどだれもできない。
心情的半径1キロメートルくらい遠巻きに見ている先輩弟子の皆さん方全員からの、それでいいの?そんなことですまされることじゃないでしょう?大先生にちゃんとお詫びしなくていいの?という心の声を振り切って、Yさんは帰ってしまった。

帰りのバスでBグループ所属の先輩と一緒になった。もちろん話題は今日のその事件のことになる。
同じC班2階お稽古チームに属する仲間として、また、一緒に階段を下りてお道具を運んでいた人間として、何か言うべきだったのだろうか。でも、k先生の判断だし、Yさんは先輩だし、新参者の私は何も言えませんでした、と言うと、その先輩、「でも、人としてなら何か言えたのでは?」と仰った。
そうかもしれない。人として考えるなら、大切なお道具を壊してしまったことを隠すなんて許されることではないだろう。怒られるのを覚悟の上で、大先生に申し出てお詫びし、弁償する場合には、どのお店でどのような品物を求めればいいのか、きちんと指示を仰ぐべきだったのに違いない。
でも、毎回階段を使ってお道具を運ばなければいけないような場所でお稽古する私たちの、誰に起こってもおかしくない出来事だったからこそ、余計に怖くて私は何も言えなかったのだ。
その先輩は次回のお稽古でそれとなくYさんに声を掛けてみると仰った。
でも、もしかしたら、k先生はYさんをかばってYさんから直接大先生に言うのをやめさせて、ご自分が大先生に申し出られているかもしれない。
そう思いたい。きっとそうに違いない。