2016初茶会

本来なら1月に開催すべきところだが、諸般の事情により本日開催の初茶会。土曜日A班は、広間の薄茶席の担当だった。
今回から私は少し格上げになって、お点前だけでなく半東も務めることになった。が、失敗ばかり。半東は、席主の補佐役なので、茶会の全容がわかっていないといけない。茶室の前で順番を待つお客様のあしらい(?)も含めて、ずっとずっと難しい役どころだ。
U先輩が後見(席主)、私は半東になった席で、始まる直前にU先輩からお道具の説明全般やってみる?と言われ、即座に断った。すると、お道具覚えてきていないの?とU先輩は追及の手を緩めない。
はい。全部は覚えてきていません。と答えると、さっと顔色が変わり、次からはお道具の紙が配られたら全部覚えてきてね!もし後見が来られなかったらどうするの?とかなり厳しく叱られてしまった。
お茶会が始まる1か月くらい前に当日使われる道具組が知らされる。今回はU先輩が全部メモしてコピーを配ってくれた。
覚えていない、というのは実は嘘で、覚えていてもそれを人に説明することができないしやりたくない、というのが正直なところだった。
人に説明できるほど、各道具について私は知らないのだ。
席主及び半東は何を尋ねられてもその席に関してはすべて答えられないといけないのだから、勉強が足りないと言われればそれまでだが。
以降、その言葉と、そのときのU先輩の厳しい表情が目に焼きついてしまって、茶会の間中、暗い気持ちで過ごした。
ずっと昔お茶を一度やめている。それは、あまりのお道具主義にいやけがさしたから。お稽古のときに交わす、道具の説明の会話練習が嘘くさくてとにかく一番いやだった(今でもあんまり好きじゃない)。だれだれのお筆とか、だれだれの塗りとか、だれだれが所持していたとか、黒田家伝来とか、遠州家伝来とか、そんなことありがたがってるんじゃねーよ、というような気持ちもどこかにあった。
大先生のお道具は確かに素晴らしい。毎回茶室の室礼も本当に素敵だ。でもそれって、お客さんの立場からものを見ている、ということなのだろう。
席主、茶会を催す側からの物の見方考え方が、まだまだできないし、したいとも思っていないのだろう。
さて、どうしたものか。
私は変われるのか。
・・・・つまらない独り言のお稽古日記になってしまった。