昨日土曜日の記録。
年末初回のお稽古日には、お月謝のほかに年末御挨拶(お歳暮)の集金がある。加えて、来年度の帛紗(やました作成)を購入希望(ほとんど強制だけど)の人はその集金もあった。集金係のK先輩がその仕事でなかなかお稽古に入れず、私はすることがないので、ぼんやり立っていた。ら、大先生に、B班の炭付き花月が始まるから、どうせ一人足りないのだからそこに入りなさい、と言われ急遽Bルームへ。(N先生の認知症がここにきて急激に進んでしまい、今回からもうお稽古場にはいらっしゃらなくなったそうだ。そのため、Bルームは完全にn先生の担当になっている。)
n先生はすぐに私に正客を命じ、折据から札を取る段になると、こんどは「月をお取り下さい」としれっと(失礼!)仰るではないか。B班の方たちのお稽古なのに、私に炭をやれと。日頃A班でお稽古しているんだからできるでしょ?という無言の圧力を感じながら、替え札を取ると炭手前に進む。火箸を置くとき、火箸の先から斜めに置いていくのでは無く、畳と平行に火箸を置く、と教えられる。また灰匙で灰をまくときの角度やコツは自分で研究するようにとも。炭手前を何とか終えて、正客の席に戻ると次は数字の札を取るように指示され、その次は月を取るように言われ、最後は全員に花以外を取りなさいとおっしゃった(私以外のメンバーも全員、n先生のおっしゃる通りの札をその都度取っていた)。n先生の指示通りに皆が動き、スムーズに炭付き花月が終わる。きっと何も考えなくてもn先生の言うとおりに動いていればできるようになるのだろう。
花月が終わると、Aルームに戻る。さすがにもうお稽古は始まっていて、更好棚を二つ置いて紹鴎棚に見立てて順番に薄茶点前、半東役のお稽古をしていた。私はお客様のお勉強から。半東はたぶん私はやらなくていいはず。お点前の順番が回ってきて薄茶を点てる。紹鴎棚は、下の段が物入れのようになっていて、そこに背が低めの水指を入れてお点前をするもの。お点前中は障子を開けて水指を少し手前に引き出す。お仕舞いのときは、最後に水つぎ(片口)で水をさしたら、手前に出ていた水指を奥に戻して障子を閉めるのがなんだか素敵。A班全員がそれぞれお稽古して午前中は終了した。
午後は会のお稽古以外のものをそれぞれやりなさい、とご指示があり、私はU先輩に見て頂いて唐物のお稽古をさせていただいた。曲水指の前に唐物を飾り、茶筅と茶杓を仕組んだ茶碗を持って入る。襖を閉めて点前座に進んだら、茶碗を二手で勝手付きに仮置きするのだが、実はこれは仮置きではない、ということを教えてもらう。通常なら、茶碗の右真横、左手前を持って勝手付きに置く。壁に手がぶつからないように左際を持つわけだ。しかし、唐物のときは、右真横、左真横と取って、手が壁に当たらないくらいの場所に置く。つまり、本当は茶入と茶碗を置き合わせるところ、唐物が主役だから茶碗は控えて置く,という意味なのだ、と。
一番苦手な問答は、今回は
お茶碗が戻ったところで、茶碗の由緒を聞かれて、
お茶碗は俊寛の写しとお見受けしましたが?
「はい。さようでございます。宗入でございます。」
唐物の由緒を聞かれて、
「益田鈍翁が所持していたと言われる茄子でございます。」
という会話を教わった。唐物の場合は遠州家伝来とか黒田家伝来、とかじゃなくてもいい、とUさん。たぶん大名物とか中興名物とかそういうレベルの話をされていたのだと思うけれど,私にはさっぱり(^_^;)
客「なにか御銘でも?」
「特にありませんが、円能斎宗匠よりお箱を頂戴しております」
客「さしつかえなければそのお箱も拝見させていただけないでしょうか。」
「では、のちほど」
という会話も習ったのだが、茶碗のときだったのか、唐物茶入のときだったか、すっかり忘れてしまったわ(ーー;)
そして茶杓の問答は、円能斎の箱書きと釣り合うように、じゃあ、お作は玄々斎くらいにしておこうか、ということになって、玄々斎作、銘は無一物。
うーむ。やっぱりいつまで経ってもこのお道具の想定問答は苦手だわ。
しかし、前回、次回は壺荘のお稽古をしましょう、と言われたはずなのに、壺のつの字も無かったなぁ・・・。