佐世保の事件をめぐって

佐世保の女子高生が同級生を殺した事件で、またぞろ、専門家、自称専門家、素人、様々な人が様々なことをネット上で語っている。特に識者と言われる人々のコメントの、なんと、いい加減なことか。
私がまとめなくても上手にまとめて一刀両断してくれてる人がいるのでその人のブログをあげておくけど、
心理コメンテーターのでたらめぶりを告白も含めて切る | 佐世保高1女子殺害の加害者は「女酒鬼薔薇」で詰み
まあ、こんなのを見ながら、ある心理学者さんの書いたものを読んで思わずこんなツイートをしたわけです。
しょーもないこと書いてるなぁ・・・。
この心理学者さんは、見るからに自分大好きっぽい人なので、絶対日々エゴサーチしたりしてるだろうし、当然twitterも全部チェックしてるだろうなーと思っていたらやっぱり。
早速レスがついてた。
以下、最初から、私のレスポンスを交えて時系列に並べるとこんな感じ。
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minaho ?@minaho_s 1:17 PM – 29 Jul 2014
しょーもないこと書いてるなぁ・・・。長崎・佐世保高1女子同級生殺害事件の犯罪心理学:教訓はなぜ生かされなかったか(碓井 真史) – Y!ニュース http://bylines.news.yahoo.co.jp/usuimafumi/20140728-00037759/
碓井真史 @ 心理学「こころの散歩道」@usuimafumi 11:57 PM – 29 Jul 2014
@minaho_s コメント感謝。ところで、どのへんが「しょーもない」のでしょうか。
minaho ?@minaho_s 7:31 AM – 30 Jul 2014
@usuimafumi 推測と想像ばかりだからです。碓井さんにだけ申し上げたような形になってしまいましたが、色々な専門家の方がそれぞれが違う推測や想像や印象を語っていらっしゃいます。事件直後まだほとんど何も分からない状態でも専門家の方は何か言わなくちゃいけないらしく、辛いですね。
碓井真史@心理学「こころの散歩道」 ?@usuimafumi 9:25 AM – 30 Jul 2014
@minaho_s コメント感謝。大事なポイントですね。事実を伝えるストレートニュース意外の記事も意味があると、私は考えています。推測も、心理学の理論やこれまでの同種の事件からの根拠ある推測を考えています。放っておくと、世間もマスコミも、根拠のない想像や心ない発言があふれます。
碓井真史@心理学「こころの散歩道」@usuimafumi 9:30 AM – 30 Jul 2014
@minaho_s 語る事は私の社会的責任かと。
ネット上で憶測を語るなら(碓井)Y!ニュース http://bylines.news.yahoo.co.jp/usuimafumi/20140722-00037608/
佐世保高1女子同級生殺害事件の犯罪心理学2:新たな供述から(碓井) Y!ニュース http://bylines.news.yahoo.co.jp/usuimafumi/20140729-00037776/
minaho ?@minaho_s 9:51 AM – 30 Jul 2014
@usuimafumi 専門家の発言は「社会的責任」と「根拠ある推測」がキーワードなのですね。理解しました。
minaho ?@minaho_s 9:53 AM – 30 Jul 2014
@usuimafumi でも私自身は、悪意のある中傷でないかぎり、根拠の無い想像と根拠ある推測との違いがよくわからないです。素人が直観的に述べていることが専門家が述べていることと同じだったりしますので。
minaho ?@minaho_s 10:18 AM – 30 Jul 2014
@usuimafumi 結局のところ、様々な言説を読んでも、ネット上では、自身が納得できたり、共感できたりするもの以外はスルーしていくのが賢いのかもしれませんね。お手を煩わせました。
碓井真史@心理学「こころの散歩道」?@usuimafumi 10:30 AM – 30 Jul 2014
@minaho_s 心理学者の最新理論とおばあちゃんの知恵袋が、結果的に同じ内容であることは多々あります。直感や現場の意見は大切です。ただ研究者としては、実証的な証拠と理論に基づきます。時事ネタで、一般の方に語るときには、許される推測と、わかりやすさが求められると考えています。
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最後のレスを読んで、がっかりしたので、もうこれ以上レスはつけませんでした。
なぜって、「直感」ではなく「直観」と書いたのに、「おばあちゃんの知恵袋」と一緒にされてしまったのですもの・・・orz。
(ちなみに、おばあちゃんの知恵袋はとても大事だとは思いますよ。程度問題だけど。)
私は心理学でものごを実証することはできないし、心理学が理論と称しているものも、理論というよりは「解釈」だと考えている。
物証ではなく状況証拠の積み上げ、というような意味合いで。
それが無駄とは全く思っていないし、子育てのさまざまな場面で私もその恩恵にあずかっているので(子供たちはスクールカウンセラーにはお世話になっているし)感謝はしているけど、でも、ことさらに最新理論だの実証だの根拠だの証拠だの言われて、そのうえ光り輝く社会とかきれいごとを言われちゃったりしちゃったりするともうもうもうそれだけで、さよーなら????と言いたくなってしまうのだ。
こんな被害にあって命を落としてしまった少女は本当にかわいそうだ。
被害者の親御さんのことを思うと言葉もない。
加害者の親、家族のこれからの苦しみを考えると、これまた言葉もない。
こういうタイプの子供は私たちの中から絶対に生まれてくる。だれが悪いのでもなく、事実として、絶対に生まれてくる。自分と全く異質の存在とは思わない。人類という同じDNAをもって私もその子も一線上に並んでいる。距離はあるけれど、私とその子との間は断絶はしていない。そして、そういう子がたまたま自分の子供に生まれなかっただけ、と思う。
育て方がどうであっても(影響はあるにしても)本質的に、生き物を人間を殺したいと欲求し実際に行動に移してしまう、そういう子供だったのだ。
世間はすぐに親の責任とか何かを追及するけれど、自分とは違うと証明したくて原因を探したり、だれかを糾弾したりするのだ。
でも自分とは違わない。同じ人間なのだ。
そういう子供はなぜか生まれる。そういう人間はなぜか生まれる。
これはもうどうしようもない。
せめて、こちらの世界に引き止めるように回りは努力するしかないのだが、起きてしまってはもう取り返しがつかない。
報道を見ると、加害者の異常行動に対する親の対応は間違っていたと思うけれども、世間が父親を断罪するようなことが無いように祈るばかりだ。