私の姉の所にかけても番号が違うと言われてかからない、私の妹の所にかけたら男の人が出て今は違うと言われたと言って、叔母が珍しく私に電話をしてきた。
用件は、私の母が叔母のために縫ってくれた大島を自分はもう着ることがないだろうから、Mさん(←私の姉)の所に送ったけれど、届いたかどうかの連絡が無いので心配している、送った着物は誰でもいいから誰かが必ず着てほしい、というものだった。大島のほかに、名古屋帯や、それに合うと思われる未使用の帯締め、最近の人は羽織をあまり着ないようなので、コートもいっしょに送っている,という。
姉は仕事が大変忙しく、夜も遅いので、きっと連絡しようと思いつつ、なかなかできなくて失礼してしまったのではないか、と伝え、謝っておいた。
母は確かに和裁を習っていたが、叔母のために大島を一枚縫った話は知らなかった。そして、母と叔母たちの母、つまり私の祖母が、着物、特に大島が好きで、さらに、紫が好きで、裏地にわざわざ紫を使ったりしていた、ということも、叔母の話の中で初めて知ったのだった。
母が14歳のときに亡くなった祖母。古い写真でしか見たことのなかった祖母。
そうだったのか。着物好きは祖母から母へと受け継がれ、私へと続いていたのか。そして、息子が生まれたとき、紫に囲まれたのは、息子に名前をくれた(勝手にもらったんだけど)維摩居士のおかげだけでなく、息子の曾祖母のおかげでもあったのか。
叔母は、荷物を送ってから今日まで、本当に気をもんだことだろう。「必ず着てほしい」なんて、ずいぶん強い言葉で言うものだとちょっとだけ思ったけれど、大丈夫ですよ。私が必ず着ますから。
コメント
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おばさん きっと 着物に思い出が多いのね。
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いらっしゃいませ>gakoさま
そうですね。母も叔母も幼くして母親を亡くしているから、余計に思いが強いのかも知れません。
その大島が縫い上がったとき、叔母は母に着付けてもらって私の実家の前で写真を撮ったのだそうです。
度重なる引っ越しでその写真を紛失してしまったことをとても悔やんでおりました。
私も見たかったな。その写真。